西国三十三ヶ所観音霊場めぐりkannon33

西国三十三観音 鴨山霊場

鴨山霊場を巡礼する方は必ず「鴨山霊場巡礼に関してのお願い」をお読みください。

西国三十三観音 鴨山霊場概要

西国三十三観音とは近畿地方と岐阜県にまたがる33ヵ所の観音信仰霊場の総称です。
これらの名刹を札所として巡る巡礼は日本で最も歴史があり、今日も多くの人々の尊崇をうけています。
この鴨山がその巡礼の縮刷版として整備されたのは文政年間(1818年~1831年)に遡ります。

長川寺背後の鴨山には安土桃山時代まで鴨山城という山城が存在し、この地における武家社会の中心として繁栄していました。
しかし戦国大名毛利氏が関ヶ原の戦いの結果、防長二ヵ国(現山口県)に削封されると鴨山城主八代目の細川元通公もこの地を去る事となります。
そして城主不在の鴨山城は廃城となりました。
その場所を巡礼の地に変えたのが長川寺二十世海心大竜(かいしんだいりゅう)和尚です。

この鴨山霊場の最大の特徴は鴨山城付近に多数現存する巨大な自然石に彫られた9尊の磨崖仏(まがいぶつ)です。
海心大竜(かいしんだいりゅう)和尚は全国の磨崖仏の半数以上が集中していると言われる大分県の出身であり、
それ故に岡山県ではあまり一般的ではない磨崖仏を彫刻されたと考えられています。

長川寺の磨崖仏は製作年代こそ江戸時代と新しく簡素化もされていますが、それでも岡山県下では有数の規模と大きさを誇ります。
今日も鴨山霊場と磨崖仏は観音信仰の霊場として人々の信仰を集めつつ眼下に広がる市内の風景とそこにある人々の生活を見守っているのです。