長川寺についてabout-chosen-ji-temple

長川寺は源頼政の末裔である西山宗久が祖先の菩提を弔う為に「梵刹」を開いたのが始まりです。
その後の応永19年(1412年)に英巌章傑(えいがんしょうけつ)和尚が曹洞宗の禅寺として改めました。

当寺は応仁の乱の兵火によって焼失しましたが、備中守護細川満国公ゆかりの禅寺として再整備され興隆します。
その後も江戸幕府や岡山藩から寺領を受けましたが元和年間(1615年~1623年)の山崩れや寛文6年(1666年)の寺社整理により再び諸堂は荒廃してしまいました。
元禄年間(1688年~1704年)に入ると時の十二世徳雲重憲(とくうんちょうけん)和尚は荒廃した諸堂を再々整備するため岡山藩藩主や長州細川家の助力を得る事に成功します。
そして檀信徒各家の尽力によって長川寺は三度蘇ったのです。

現在の本堂はこの時以来のものになります。
その後も歴代住職と修行僧の民衆教化の努力により檀信徒との信頼関係は増強されました。

この地に曹洞宗の一寺院である長川寺が数々の受難や時代的変遷にも耐え、維持してきた禅宗の伝統的風格は多くの人々の信仰心の現れでもあるのです。